永遠にともに / コブクロ
 幸せって自分が幸せにならなきゃ、相手も幸せになれない。
相手が幸せにならなきゃ、自分も幸せになれない。
 当たり前のこと。
 でも、案外忘れがちなことじゃないですか?

 大切な人を幸せにしてあげようと。
 自分のすべてを犠牲にして幸せにしようと。

 でもきっと自分を犠牲にすればするだけ、その分相手の悲しみは増えるのではないでしょうか。

 だから、「永遠にともに」。


 ここでちょっと話は変わって。
 コブクロの「永遠にともに」のサビの部分。
 不規則に並んでいるとは思えない、何か意味があるはずだと。
 僕の中ではひとつの時間の流れなんじゃないかと思ったりしました。


「共に歩き 共に探し」
気づくと僕の歩く横には君がいて、君が歩く横には僕がいる。
どこかでどんな形で君と付きあえばいいのか二人の関係を探し始める。


「共に笑い 共に誓い」
二人で過ごす時間の中に生み出される心からの笑顔を信じ。
ふたりは結婚を誓いあう。


「共に感じ 共に選び」
二人で一つになったことで今まで一人で感じていたことも二人で感じるようになり。
また一人では安易に選択していたことも二人では大きな選択となり迫られることも。


「共に泣き 共に背負い」
すべてが変われば、当然いいことばかりではなく時には悲しいことも訪れふたりで涙を流す。
そして結果として二人で背負わなければならないこともでてきてしまうのだろう。


「共に抱き 共に迷い」
そうしているうちに二人は未来に不安を抱くことも。
二人が向かうべき道も見えず路頭に迷うことも。


「共に築き 共に願い」
でもずっとずっと幸せを築き続けよう。
そして一つの幸せを築けたのなら、さらなる幸せを願い続けよう。


 あくまで僕の解釈ですが。
 とはいえここに書かれた「共に」は決して良いことばかりではない気がします。

 だけどこれらすべてのことを「共に」経験できるのだとすれば。
 それだけでも幸せを感じていいのではないでしょうか。



 自分の幸せだけでもなく。
 そして相手の幸せだけでもない。

 二人の幸せを考えてください。
 二人で幸せになって下さい。


 なんて。
 親友の結婚式でふと頭をよぎったことを書いてみました。
ささやかな幸せが 木漏れ日のように
やわらかに降り注ぐ そんな日々を描きながら
いつの日も どんなときも