鏡が映したふたりでも / CHAGE & ASKA
 未来を映すことができる鏡。
 もしも、正確に未来を映すことができる鏡を持ち得たらどうなるでしょう。
 そして、その鏡が、悲しい未来を映しだしたら。
 そんな仮定の世界を考えてみます。

 この歌で鏡に映るは恋人との別れです。
 悲しいふたりの姿が描き出された鏡。それはもう変えることの出来ない未来。
 そんな中、この歌では歌われたのは

「愛する人を愛したいだけ 愛せる日まで愛してみる」

と。
 いつかくる終わりをわかっていても、決して悲しんでいません。
 すべてを受け入れたという覚悟が今をわりきって生きているように思えます。


 恋愛に限らず悲しい未来を映しだしてしまったら、それでも今を大切にすることはできますか。

 例えば、ずっと走り続けてきたのに、このまま走り続けても時間内にゴールできないことがわかったとき、あなたは走ることをやめますか。走れば走るほど体力は消耗するし、どんなに努力してゴールしても誰も祝福してくれません。
 努力した分、悲しみが増すだけかもしれません。
 あなたは走ることをやめますか。


 この歌ではこんなフレーズがあります。

「未来のことがわかるのも便利だけど
こんな気持ちでいられる今を素敵に思おう」



 未来を映すことができる鏡。
 未来はすべて自らの手で作ることができるなんて。
 本当にそうでしょうか?
 どうしても敷かれたレールを進まなければならない時もあると思います。
 そしてそのレールの先が途切れていることも。

 人はいずれ死にます。
 これも避けられない事実。
 人が必ず持ち合わせる途切れたレール。
 
 そんなレールが敷かれていても、僕は今生きています。
 そして今、ここで起きていることは、確かな確かな事実です。
 今がすべてとは言いませんが、それでも今を素敵に思う気持ちは幻想ではありません。

 そんな一瞬を積み重ねること。
 それだけでも価値があると思いませんか?
愛する人を愛したいだけ
愛せる日まで愛してみる

もしも鏡に悲しいふたりが
映っても うかんでも